「江戸商人“べからず講”」①

ここ数年来、出勤前に朝食をとりながら勉強会やモーニングセミナーに参加している方が増えています。最近は働き方改革に関する話題が多く、出勤前の勉強会のことは取り上げられませんが、皆さんの中にもモーニングセミナーなどに参加していらっしゃる方は多いと思います。
そこで今回は、何回かのシリーズで「江戸商人“べからず講”」について紹介したいと思います。
第1回は「江戸商人の“べからず講”」とは何かということについてお話しします。

【江戸商人“べからず講”とは】
◆江戸商人の本質的な考え方・生き方は「江戸講」で育まれたと言われています。
「江戸講」というのは、いわゆる勉強会のようなもので、江戸の町衆(特に商人)たちの自己研鑽の場でもありました。その時々の一番大事な課題や出来事について話し合い、お互いに知恵を出し合って解決法考えていただけでなく、講座を開き、いろいろな講師を招いて勉強する場でもありました。 そして、江戸の商人たちはこの「江戸講」で自分の体験に基づく人生観や世界観を語り合い、江戸の商人たちの「べからず」を作り上げていったのです。
このように、ある特定の目的を持って集まった「江戸講」は、いわば選ばれた会員制のクラブをいうようになり、江戸の町衆たちはこの講を、お互いに知恵を出し合い、助け合う相互扶助システムにしたと言われています。また、寺子屋では「講とは世の中のことで、漢字では世間と書く」と教えていたそうです。
◆日本人の心に息づく「互助・共生」の精神は、全国各地から様々な身分や立場の人々が集まっていた江戸の町で、町衆の自己研鑽の場であった「江戸講」での学びから「実践哲学」へと練り上げられ、「商人しぐさ」は人として(商人として)いかに良く生きるべきかという手本になっていったと伝えられています。 その中で「べからず講」は江戸商人のリーダーたちの心得を学ぶセミナーのようなものであったそうです。
◆ところで、本題の「べからず講」の「べからず」は、文末に用いられると禁止を表し、「○○してはいけない」という意味になります。 江戸時代、武家には「武家諸法度」、公家には「公家諸法度」がありました。そして、町人には老中が全国に出す「総触」や町奉行から下達される「町触」によって統制されていました。それらの公文書で使われる「べからず」には、強制的に守らせようとする「上意下達」の意味がありました。
◆しかし商人しぐさでいう「べからず」は、強制的な命令形の禁止というよりは、「○○するなかれ」という時に使われる命令形の禁止にニュアンスが近いものです。例えば、同じ命令形の禁止でも、「○○するなかれ」は「己の欲せざるところは、人に施す勿れ(なかれ)」などで使われるように、「自分を律する、または相手に対する切実な願い」として使われています。

それでは、次回から具体的な江戸商人の「べからず」をご紹介いたしますので、どうぞお楽しみになさっていていてください。

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